自由主義と民主主義

自由主義と民主主義は元は別物

現代の先進国の政治体制は、自由民主主義体制が主流です。自由民主主義は自由主義(liberalism)民主主義(democracy)の2つの原理によって支えられています。現在では、自由主義と民主主義は同じ思想に見えたり、セットになっている印象です。しかし歴史的に見ると元々は、互いに起源が違ったり、思想も異なるものでした。民主主義が歴史的に古く、古代ギリシャの時代までにさかのぼります。民主主義という思想は、古代ギリシャの時代では、あまり積極的な評価を受けていませんでした。古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、民主主義は堕落した政治体制としてみなしていました。つまり、無知蒙昧な民衆による支配として否定してました。こうした見方は長らく続き、20世紀になってようやくプラスの評価が定着しました。自由主義の起源は、中世からです。貴族や僧侶そして、都市の商人たちが、組織する団体の特権を国王権力の介入から守ろうとして起こした動きの中から生まれました。近代に入って、市民階級によって引き継がれ、権力の恣意的な行使を排除するとともに、個人の自由の領域を守り、広げようとして発展しました。このように自由主義と民主主義は歴史の成り立ちが異なります。 思想内容も両者は異なります。自由主義は、政治権力を抑えることに重きを置きます。権力は悪であり、権力が小さいほど自由の領域が広がるという思想です。要は権力からの自由を目指します。現在では、権力の恣意的な行使を防ぐための立憲主義ないし法の支配、権力の集中を防ぐための権力分立、個人の自由の領域を確保するための自由権などで具体化されています。一方、民主主義は、政治権力の形成・執行への民衆の参加を重視します。権力は必ずしも悪でなく、民衆の平等を実現するためには権力の積極的な行使も肯定されます。現在では、民衆の政治参加を保障する参政権や民衆の平等を実現するための社会権として具体化されています。このように自由主義と民主主義は思想が異なります。民衆の政治的能力は、自由主義から見れば、無知蒙昧な民衆の政治参加が理性的な少数派の意見の抹殺につながるという考えがありました。つまり多数者の専制になってしまう恐れがあるということです。一方、民主主義から見ると、民衆の政治的能力については楽観的に見ます。民衆は政治参加を通じて市民として成長していくものとして考えているからです。また多数者の意見の方が少数者の意見よりも尊重されるべきだいう考えもあります。

自由主義と民主主義の統合

自由主義と民主主義は本来は異なる思想なのに統合し自由民主主義(liberal  democracy)として成立しました。20世紀に確立しました。自由主義と民主主義という異なる思想を統合するためには、それぞれの原理の修正が必要でした。民主主義に関しては、直接民主主義が基本でしたが、間接民主主義、すなわち代議制をも含まれるようになりました。自由主義に関しては、貧困のために自由を享受しえない民衆にとっては権力からの自由は無意味だという意見が現れるようになりました。権力によって自由の保障あるいは自由の障害の除去が行われることこそが必要であるという声が出てきました。つまり国家権力による自由の諸条件の保障を求める考えがでるようになったということです。こうして自由主義と民主主義が本来は異なるのに両立して統合することになった経緯です。