産業革命の知識(2)

産業革命による資本主義の確立

産業革命によりイギリスの社会は大きく変化しました。具体的には、問屋制的家内工業、ギルド制度、マニュファクチュア制度から工場制機械生産になったことです。工場制機械生産によって安価な製品が大量に生産されるようになりました。機械が使用されたことによって工業生産力が著しく発展しました。

工業の発達によって人口が農村から都市に集中し、マンチェスター、バーミンガムリヴァプールなどの新興の都市が出現しました。都市に人口が集中したことによって、農村と都市との人口対比が著しくなりました。

いままでの地主貴族や商業資本家などの支配階層が後退し、工業生産に投資して工場を建設し、賃金労働者を雇って生産に従事する産業資本家(ブルジョワジー)の勢力が有力になりました。

工場・機械などの生産手段を所有する資本家と自己の労働力を売る以外には生活の手段をもたない無産の賃金労働者階級(プロレタリアート)とに階級が分離するようになり、労資対立が起こるようになりました。

産業資本家階級が出てくるようになると、政治上・経済上の改革が試みるようになりました。具体的には、1832年の選挙法改正、1846年の穀物法の廃止、1849年の航海法の廃止などです。

上記のような社会変革によってイギリス経済は発展し、世界の工場と呼ばれる地位を築き、強力な海軍力とともに、植民地の獲得などの海外進出の時代を築きあげました。

産業革命による社会・労働問題の発生

産業革命は良い面ばかりだけではなく、さまざまな社会問題・労働運動が起こりました。

機械の使用によって不熟練労働者を使用することができるようになり、熟練した労働者(職人・手工業者)は窮乏しました。熟練労働者たちは生活窮乏の原因が機械にあると考えて、機械破壊運動を起こしました。ラッダイト運動がその一つです。

不熟練労働者の使用が可能になると、婦人・年少者を低賃金で雇うようになりました。これによって労働者の賃金が低く雇うにようになるのが問題なりました。また、長時間労働を強いられたり、衛生設備や厚生施設も悪く、労働条件の悪化が問題になりました。

機械使用する生産手段は、大量の安価な製品が可能になった反面、商品の過剰生産を引き起こし、恐慌(不況)が周期的に発生し、失業者が増加するようになりました。

上記の問題を解決するためにいろんな法律が制定されました。1833年に工場法、1834年に救貧法、1842年に婦人年少労働の禁止、1847年に10時間労働法などが制定し施行されました。法律の制定で解決するだけではなく、労働組合の組織の結成に伴う労働運動が展開されるようになりました。

 

 

 

 

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