アメリカの大学教育は日本の大学教育のモデルになるのか

最近は、日本の大学教育の改革が提言されています。日本の大学のグローバル化、つまり国際化を目指す声がよく提言されています。国際化を目指すための模範とされる国ではアメリカが多いです。世界の大学ランキングでトップクラスの位置にあるので確かに日本の大学改革の模範となりえます。しかし、ただやみくもに模範にしていいのかという疑問があります。中公新書ラクレ「米国キャンパス拝金報告」という本ではそんな疑問が書かれています。

州立大学と私立大学の格差

アメリカの大学の授業料は上昇していて私立大学だけではなく、州立大学も学費が上昇しているそうです。私立大学を上回る伸びで上昇しているそうです。理由は、州政府の財政難のために州立大学は学費を値上げせざる得ないからです。州政府が財政難を克服するためにまずは経費を削減するのですが、そのしわ寄せが大学等の教員給与の抑制に向かうことになります。一方の私立大学は、有名教授を高い給与で引く抜きをしたり、引く抜かれないように高い給与を払うので、州立大学が私立大学との教育の質の面で劣勢に立たされることになっています。

縁故入学

アメリカの有名私立大学に入学するためには試験の成績だけではなく、親の収入や家柄も選考基準になっています。大学の卒業生が多額の寄付をした場合、寄付をした卒業生の子供を優先して入学させる縁故入学が多いのです。大学側が、寄付などの記録をして、卒業生の大学への貢献度を卒業生の子弟の入学審査に加味しているです。1964年に、エール大学が縁故入学を制限しましたが、卒業生が反発して、寄付をボイコットしてしまったために、結局制限を取りやめになったことがありました。縁故入学をやめるのは大学の経営上、難しいことであるそうです。縁故入学の被害者となるのが、アジア系の学生です。成績優秀にもかかわらず、縁故入学のせいで枠を狭まれるので入学が困難になります。そのため、最近では一流私立を避ける傾向が出てきています。

アメリカでの高学歴ワーキングプア

日本では大学院の博士課程に出ても常勤の教員・研究職に就けず、非常勤講師やポスドクといった不安定な仕事にしか就けない高学歴ワーキングプアと呼ばれる問題が発生していますが、アメリカでも同様の問題が起きています。常勤の仕事に就けず、パートタイムの仕事に就く教員や研究員が多いです。パートタイムの仕事に就いている教員は、一つの大学では、生計を立てられないので4つぐらいの大学の科目を担当することが多いです。大学間の移動に時間がかかるため、自分の研究業績をあげるための時間が減るため常勤の仕事に就くことが難しくなるそうです。

以上が現代アメリカの大学問題の内容です。やみくもにアメリカの大学を模範にして改革をするべきではないと本書の主張です。

 

 

米国キャンパス「拝金」報告 – これは日本のモデルなのか? (中公新書ラクレ)

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第2次世界大戦後のドイツを創った首相 アデナウアー

第2次世界大戦後に建国したドイツ連邦共和国(西ドイツ)の初代首相

であるコンラート・アデナウアー(1876年~1967年)。日本では、ド

イツを統一させたビスマルクや第2次世界大戦を引き起こしたアドルフ・

ヒトラーに比べると知名度が低い印象があります。アデナウアーは、ド

イツ帝国ケルンで生まれで、第一次世界大戦中(1917年)に、ケルン市

長に就任し、ヴァイマル共和国時代の1933年まで活躍していました。

ナチス体制のときは、迫害を受けていました。第2次世界大戦後は、アメ

リカ、イギリス、フランスなどの連合国の占領下でキリスト教民主同盟

(CDU)の指導者となります。そして、西ドイツの初代首相になりまし

た。首相になったときの年齢が73歳でした。首相の座を1963年まで務

めてました。第2次世界大戦で国土が廃墟と化し、国が東西に分断され

たドイツを再建させた首相であるので、現代ドイツでは、「最も偉大な

ドイツ人」としてドイツ人に選ばれるほどの人気のある政治家です。ド

イツ人にとっては、アデナウアーは「建国」や「復興」「繁栄」のシン

ボルとしてのイメージが結びついているといえます。敗戦国としてスタ

ートし、連合国の占領下であり、主権も奪われていた西ドイツが、アデ

ナウアー時代に、「経済の奇跡」を起こし、繁栄を享受することでき、

国際社会にも復帰することができたからです。日本で例えたら吉田茂

のような人物といえます。中公新書の「アデナウアー 現代ドイツを

創った政治家」は、アデナウアーの生涯を書いた本です。この新書の

内容によれば、アデナウアーは、ドイツの「西欧化」を実現したとあ

ります。西欧化とは、一つの価値共同体のことだそうです。西欧化は、

内政における自由民主主義体制と外交における西側世界との結合を目

指すことです。前者は、徹底した民主主義を目指すことを意味してい

ます。ナチスドイツのような民主主義の敵に対しては、闘うことを意

味しています。後者は、西ドイツの西側世界との結びつきを徹底的に

やることを目指しました。西側世界と協調したことによって、北大西

洋条約機構(NATO)やヨーロッパ共同体に結合することになりまし

た。戦前ドイツの外交路線は、ロシアやフランスなどの大国間に挟

まれながらもバランスよく外交したり、第一次世界大戦後にイギリス

やフランスを出し抜いてソビエト連邦と手を結んだり、中東欧を自身

の勢力圏におさめようとするのがドイツの外交政策でした。第二次世

界大後のアデナウアー時代では、冷戦時代を背景に西側世界に向く外

交を目指したのでした。それまでのドイツの外交路線が転換した革命

的な出来事と本書には記されています。アデナウアーという人物や第

二次世界大戦後の占領下のドイツを知りたい人には本書をおすすめし

ます。

 

アデナウアー – 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)

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無味乾燥な数字の羅列にも歴史あり

仕事が終わった後に本屋に寄り道して新書コーナーに行ってみたら、

興味深いタイトルの本を見つけました。岩波新書の「会計学の誕生--

複式簿記が変えた世界」という本です。会計学という実践的色彩の濃い

学問の成り立ちの歴史を扱った内容になっています。経済学や経営学の

歴史を扱った本は読んだことはあるのですが、簿記会計の歴史を扱った

本は読んだことがないので、タイトルに引かれて買ってみました。

この本によると簿記が誕生したのは13世紀のヴェネツィアやフィレン

ツェ、ジェノヴァといったイタリア北部の都市国家で誕生したとありま

す。それらの都市国家で、活動する商人たちが日々の取引を記録する技

法として誕生したのでした。13世紀の北イタリアで簿記が誕生したので

は無くそれ以前の古代インドや古代ローマの時代が起源であると主張す

る学者もいるそうですがやはりルネサンス期のイタリアが起源であるそ

うです。19世紀に産業革命期のイギリスで貸借対照表と損益計算書を作

成して企業の財政状態の安全性や投資を促すために会計が成立するよう

になりました。貸借対照表や損益計算書に虚偽や不正がないことを専門

の第三者によって証明する方策として公認会計士という職業がイギリス

で誕生したと書いてあります。無味乾燥な数字の羅列である簿記会計が

試行錯誤しながら発展していくという歴史の流れが興味深かったです。

この本の難点としては、簿記会計を学んだことのない人にとっては、専

門用語が多すぎて読みにくい感じがします。もう少し平易に書いて欲し

かったです。ただ会計学の成り立ちを知りたい人にとってはおすすめの

本です。

会計学の誕生――複式簿記が変えた世界 (岩波新書)

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